作品

不思議なシゲルの魅力

私がシゲルに出会ったのは、パリ14区の有名なカフェレストラン「フェリシ」である。彼はその店で働く女友達に自分の写真アルバムを見せているところだった。
そして私は彼の写真にすぐ魅了された。モノクロのパリ、風変わりで、現代的で神秘的なパリがそこにあった。私の視線は彼の写真に釘付けになりながら、その写真家に言葉をかけてみた。そうしながらもなお私は、注意深く緻密な目で捉えられた、パリの歩道の水溜りに映った、様々なイメージの虜になっていった。
シゲルとの会話を重ねるうちに、わたしはシゲルの全てを、少なくとも彼がその日私に見せようとしたものを理解した。彼の繊細さ、控えめさ、毅然とした姿勢。これらは全て彼の祖国の文化からきているようだ。だがそれだけではない。新しい焼き増しがされるたびに、新たな視点と可能性が実に確固たるものとして現れる。

慎み深さを解き明かす幾つかのカギ

早くに両親を失った子供の時から、シゲルは自分の存在に特有な困難さを感じていて、自分の痕跡を残したいと思うようになった。
彼は思春期を迎える前から、他との「違い」への必要と欲望を強く感じていた(それは、今、彼のパリの見せ方に現れている。つまり水に反射された独特のパリのイメージだ)。その後、自らのパーソナリティーが明確になってくると、彼はスタイリストの勉強を始め、絵画に専心し、そして現実を神秘的に捉えることを選択する。だから水溜りの中に探しているのは宝物で、それも自分自身の宝物だとためらわずに語る。
水溜りが出来ると、子供たちは水が飛び散るのを見たくて両足をそろえてその上に跳びあがる(それが禁じられているだけに)が、大人たちは避ける。稀に水溜りに親しもうとする人たちもいる。この写真家は、儚い水の表面が見せようとするものを、自らの才能によって永遠に不動なものにしようとする。
これは、フランス国立図書館(リシュリュー館)が浅野茂の写真作品6枚の買い上げに繋がった。
シゲルの仕事には、雨の強さや密度を介して偶然が入り込む。だがそれ以外は全て綿密に準備される。例えば写真のアングル、シャッターチャンスの待ち時間、(不可欠な)中休みの時間だ。シゲルは、自ら発見して選び取った場所に何度も戻り、雨を待つ。そしてそこから写真家の本当の仕事が始まる。
彼は目指す光景が(水溜りの中に)現れるのを、自分の感受性、技術、視線でもって、正に自分自身の内面に要求する。つまるところ、儚い空間に小さな宝を探し求めるこの友は、彼自身の痕跡(私達に最も興味深い)を残すことを願っているのだ。

ANNE DELOBEL アンヌ・ドゥロベル(作家)
訳・中村基子(現代美術史博士)